ディレクターの秦野です。
GEAR8には、勤続5年を経過したメンバーが1か月の連続休暇を取得できるサバティカル休暇制度があります。今回、私自身もこの制度を利用して、6月に1か月のお休みをいただきました。
休暇と聞くと、ずっとのんびり過ごしていたように聞こえるかもしれません。
実際には、前半は気になっていたAIを腰を据えて試し、後半はPCから離れて、福岡の親や家族と過ごしました。普段とは違う順番で時間を使ってみた1か月でした。
まずは、AIを思い切り使ってみた

休暇に入って最初の頃は、気になっていたAIツールをとにかく触ってみることにしました。新しいモデルが出たら、調べもの、文章のたたき台、情報整理と、できることを一つずつ試してみました。
時間を気にせず朝から晩までPCに向かっている日もありました。休暇なのに、やっていることは平日より根を詰めていたかもしれません。
実際に使ってみて面白かったのは、AIがすぐに正解を出してくれることよりも、思いついたことをすぐに試せることでした。普段なら後回しにしてしまう調査や、頭の中に散らばっていた考えの整理にも、気軽に取りかかれる。試す回数が増えるほど、自分の中の「こうかもしれない」が先へ進んでいきます。
ただ、選択肢が増えるほど、最後に何を選ぶか、誰にどう伝えるかで立ち止まることも増えます。ディレクターの仕事は、つくれるものが増えるほど、「つくらないもの」を決める仕事になっていく。
AIに触れば触るほど、その部分は人の側に残るのだと、はっきりしてきました。前半でたっぷり触れたからこそ、次はPCを閉じて、別の時間の使い方をしてみたくなったのです。
福岡で、急がない時間を過ごした

休暇の後半、私は福岡に帰りました。
これまでの帰省は出張のついでが多く、いつも仕事の話が頭の隅にありました。「明日の朝一で戻るから」「次のミーティングまでにこれだけ片付けて」——そんな時計がいつも頭の中で動いていて、実家にいる時間も、どこか急かされているような気分でした。
今回は違います。仕事で外出することも、次の約束も、何もない。ただ、両親や祖父と一緒に時間を過ごすためだけの帰省でした。
実家の近くにある芥屋まで、のんびりドライブしました。
運転しながら、何の変哲もない景色を眺める。助手席の父親とは特別な会話があるわけでもない。ただ、「ああ、そういえばここ、昔来たね」なんて話をしながら、ぼんやりと時間が流れていく。仕事のことを考えなくていい時間が、こんなにも静かで、こんなにも贅沢だとは思いませんでした。
そして、今年で101歳になる祖父にも会いに行きました。
祖父は、もうほとんど外出することはありません。私が「来たよ」と声をかけると、ゆっくり顔を上げて、しわだらけの手で私の腕を軽く握りました。「来たか」。それだけの言葉なのに、胸の奥がじんとしました。会える回数は、もう限られている。それは頭では分かっていましたが、実際に目の前にすると、言葉にならないものが喉の奥でつかえました。
101歳。私が見てきた時間よりもずっと長く、この人は生きている。
隣に座って話をしました。といっても、私が話すことの方が多かったかもしれません。祖父の返事はゆっくりで、言葉を探す時間も長い。でも、急かしたくなる気持ちはどこにもありませんでした。窓の外から聞こえる風の音、遠くで鳴っている蝉の声、祖父がゆっくりと口にする言葉の端々に、時間の本当の厚みを感じました。
仕事では、1時間で何を終わらせるか、この打ち合わせでどこまで合意をとるか、と常に「効率」が付きまといます。でも、祖父の隣にいる時間は、効率も、目的も、何もかもがどうでもよくなる。ただ、そこに一緒にいる。それだけのことなのに、こんなにも満たされる時間があるのだということを、私は忘れていたのかもしれません。
休暇に入る前、「1か月もあったら何ができるだろう」とわくわくしていた自分がいました。でも、祖父の隣に座っているとき、その問い自体がどうでもよくなっていた。時間の長さを数えることより、その時間を誰と、どう過ごすか。101年を生きてきた人は、それを教えてくれました。
母は台所に立ち、父は庭の話をした。「最近、雑草がすごくてなあ」。普段なら「そうなんだ」で終わらせてしまうような会話も、今回はゆっくり聞けた気がします。母が差し出してくれたスイカの冷たさ、父が淹れてくれた麦茶の味。何でもない贅沢な時間に心から癒されました。
手を止めて、DJを始めてみた

後半にはもう一つ、やってみたかったことがありました。
DJ機材に触れてみることです。思い切って入門用のDJコントローラーを買い、機材をつないで曲を選び、思うようにうまくつながらず、また最初からやってみる。仕事とはまったく違う頭の使い方ですが、手を動かした分だけ分かることが増えていく感じが面白く、気づけば時間が経っていました。
仕事に関係のない新しいことを始めると、頭の中に残っていた案件や考えごとも、距離を置いて見られるようになります。すぐに答えを出さなくてよいこと、今すぐやるべきこと、急がなくてよいこと。
時間を置くと、それが自然に分かれてきます。休暇の後半は、考えを寝かせる時間でもあったのかもしれません。
自宅で家族と過ごす時間も、いつもよりゆっくり取ることができました。食卓を囲んでその日の話をしたり、何気ない予定を一緒に考えたり。特別なイベントではないけれど、普段の忙しさの中では後回しになりがちな時間です。
仕事が立て込んでいるときは、家に帰ってからも頭のどこかに案件や連絡が残っているものですが、そこから離れてみると、生活の中にある会話や気配に、以前より素直に目が向くようになりました。
休暇明け、いつもの仕事場へ

1か月の休暇を終え、久しぶりにオフィスへ戻りました。まだ身体がなまっている感覚はありましたが、仲間に会い、いつものように仕事の話をする時間には、素直に嬉しさがありました。新しいオフィスの空気もあって、これからまた現場に戻っていく実感が湧いてきています。
AIを試していた机も、芥屋までのドライブも、DJコントローラーをいじっていた時間も、仕事に直接つながる出来事には見えないかもしれません。
それでも戻ってみると、前とは違う目線で、案件や仲間を見られるようになった実感があります。Webサイトも同じで、情報を増やせば伝わるとは限りません。何を見せるか、何を今は見せないか、どの順番で伝えるか。
休暇で取り戻したこのゆっくりした時間の感覚は、この仕事で大切にしていること、案外近いところにあるのかもしれません。
AIはこれからも、調べる、考える、試してみるための道具として使っていくつもりです。そのぶん、クライアントやチームとの対話には、これまで以上に時間を使いたい。この1か月で感じたことを、これからの仕事の中でちゃんと試していけたらと思います。
1か月の休暇を快く送り出し、仕事を支えてくれたGEAR8のメンバーには、心から感謝しています。
そして、福岡の実家ではおいしいものを食べ過ぎて、少し体重も増えました。それも含めて、ちゃんと休暇らしい1か月だった気がします。


















