MENU

フリーペーパーの編集からWeb制作の世界へ
遅れてやってきたバイク野郎なルーキー

 

この3月、ギアエイトの海外拠点のひとつ、Gear8 Thailandに中途採用で入社したプランナー。新入社員インタビューその6では、滋賀から東京そして、常夏のバンコクへ。破天荒な人生を歩んできた新人の声をお届けします。

 

タイでの15年の経験を活かし、バンコクと北海道の架け橋となる。

今回はバンコクのおしゃれエリア・トンローのコーヒーがおいしいカフェ「Pacamara Coffee Roaster」でインタビュー。ところで、なにか見えているのでしょうか?

 

名前と年齢を教えてください。

こんにちは。田澤悠でございます。4月で40歳になります。

前職はバンコクのフリーペーパーの制作会社で編集者をしていたと聞きました。まったく畑違いの業界への転職、40歳目前に思い切りましたね。

前の会社で上司に辞意を伝えたときは39歳でしたが、まだ次の就職先も決まっておらず、40にして惑いまくる覚悟をしました(笑)。ただ、前職の元後輩から「40にして不或(ふわく)」という言い方もあるというのを聞いて。こちらの「或」は枠を設けない、区切りを付けない、制約に捕らわれない、飛び立つ感じ。そんなイメージもあるのだな、と思いました。

タイでの生活が長いと聞きました。よく聞かれると思うのですが、YOUは何しにタイランド?

1月で丸15年になりました。似たような質問はされますが、その聞かれ方、初めてです(笑)。出身は滋賀県で、新卒でカメラマンになろうと上京しました。六本木の写真スタジオで住み込みで働いていたんですが、2年目の終わりに会社の定期検診で「中心性漿液性脈絡網膜症」(網膜剥離みたいなもの)と診断され、医者から今の仕事環境を変えないと失明するぞ、と言われまして。

ドクターストップが掛かったというわけですね。ところで、タイランド要素が一切ないですけど…。

あ、すいません…ここからです…。
カメラマンの道を諦め、実家に戻って引きこもっていたんですけど、このままじゃダメだと思い立ち、当時父親が駐在員をしていたこともあってバンコクにやってきました。

バンコクに行ってお父さんのアパートでしばらく過ごされたんですね。

あ、いえ。それが3日で追い出されました(笑)。アパート候補を3軒くらい紹介されて、「バイバイ~」と。一人暮らしを始めた当初、タイ語はまったくできなかったんですが、BTS(スカイトレイン)や路線バスを乗り倒して街中をいろいろ回っていました。最初は物珍しさもあってバスでの移動が多かったですね。地元のおじちゃんおばちゃんたちに交じって乗っていました。今はエアコン付きバスがほとんどですが、当時は木の床で窓を全開にして走るのばかりでした。

車窓から外を眺めていて文字といえばタイ文字しかないんですけど、まったく意味がわからず。アルファベットだと意味はわからなくともなんとなく発音できるじゃないですか? 聞こえる言葉と文字がなんとなく繋がる。でもタイ語だとそういうのがまったくできないんです。そういうのもあってタイ語を勉強してみようと思ったんです。将来タイで仕事しようとかまったく考えてなくて、純粋に好奇心からでしたね。

当時の街並みの写真がない、ということで出勤途中で撮ってもらった1枚。このすぐ近くにバンコクオフィスがあります。

 

それでタイ語を勉強し始めることになったんですね。どのくらい勉強されていたんですか?

合計で2年ほどタイ語漬けの日々を送っていました。最初の学校で6か月ほど習った後、日常会話と簡単な文字は読めるくらいになりました。ただ、学校の先生やスタッフ、街での買い物やタクシーなんかでは普通に通じるようになったんですが、それ以外では通じないってのがわかって。それで、チュラロンコン大学の外国人のためのタイ語コースが「スパルタだけど、めっちゃレベルが高い」との噂を聞きつけ、そこでさらに1年ほど勉強しました。

Gear8 Thailandの敏腕デザイナー、タイ人のアムちゃんと同じ大学ですね。

そうですそうです。僕が通っていたときには彼女は中学生でしたけど(笑)。僕の場合は、チュラ大生というより、大学主催の語学講座に通ってる外部生みたいな位置付けでした。それで講座を終了したら、やっぱりタイ語を使って仕事したいと思うようになりました。チョンブリー県の日系工場に就職したり、大学の先輩が起業していたのを手伝うのにタイ北部のチェンライ県に住んだり。10年前にバンコクに戻って前職のフリーペーパーの編集になりました。

特集を担当した号。真ん中の大きなカニ爪が気になります。

 

けっこうなジョブホッピングですね。チェンライ県はわからないのですが、チェンマイ県にギアエイトのオフィスがありますね。
フリーペーパーの制作会社ではどんなお仕事を?

バンコクのフリーペーパー「DACO」では編集アシスタントとして入社しました。最初は、タイ人スタッフから上がってきた情報を整理して編集担当に渡すという仕事を担当していました。編集作業という初めての経験で、当時の編集長のチェックも厳しく、ひとつの原稿にOKをもらうまでに6、7回書き直させられたりしてました(笑)。

まずは編集アシスタントをされて、その後、編集スタッフに?

半年くらい経った頃に一人で特集を任せられることになり、編集スタッフになれました。その時の特集は「裏カオサンのススメ」です。カオサンというのは、昔、バンコクの「バックパッカーの聖地」と呼ばれていたエリアなんですが、その周辺を紹介するというものでした。90年代に東京で流行っていた「ウラハラ(裏原宿)」って言葉をマネして、勝手に「裏カオサン」という風に造語して紹介したんです。こんな感じでわかってもらえるかも知れませんが、編集部ではわりかしなんでもありな自由にやれる環境でした。

取材時のいち風景ということですが、どういう取材でしょうか? お尻を蹴られて喜んでいるように見えますが…。

 

勝手に造語(笑)。ほかにはどんな取材をされていたんですか?

入社当時は日本人が行かないようなローカルな場所、ニッチな場所を紹介することが多かったですね。公共交通機関(BTSや地下鉄)では行けないようなちょっと郊外の、しかも奥まったところにある、地方出身タイ人向けの本格的な地元の味を提供する店なんかです。ちなみにその店の料理はめちゃくちゃ辛くって、涙を流しながら試食してました。

そんなに辛かったんですか? というか、泣きながら食べなくてもいいのでは(笑)?

編集部の不文律で「店が出してくれたものは全部食べる」というものがありました。特にローカルなお店に行くと外国人の取材を珍しがってくれて、1品だけの取材のはずがテーブルいっぱいに用意してくれたり。取材がその1軒だけだと問題ないんですが、特集取材だと1日に3、4軒回るのが常だったので、お腹いっぱいになって動けなくなりました(笑)。

それは……太りそうですね。取材はバンコク内だけだったのですか?

バンコク以外にも地方の県や海外取材というのもありました。読者がバンコクにいるうちに行っておきたい国ということでマレーシア、インドネシア、ミャンマー、ラオスなど。Gear8 Thailandではカンボジアで事業を始めるために動いていますが、実はカンボジアは行ったことがなかったんです。

タイ南部にあるサムイ島というリゾートアイランドのホテルでの取材風景。一人で写真撮影から執筆まで担当してたそう。

 

お、ギアエイトに入って東南アジア全制覇ですね。ギアエイトの名前が出たところで話題をそちらに変えましょう。
これからどんな仕事をやっていきたいですか?

上司の梅木さんとは、バンコクで一番の日系Webサイト制作会社になろうと。そういう目標を立てて突き進んでいます。知識やスキルの面で足りないことばっかりですが、一つ一つ積み重ねていければ。Webのことに関しては初心者なのでまだまだ勉強の日々です。入社してまだ1か月弱ですが毎日が新しい「気付き」に溢れていて、あっという間に時間が過ぎています。今はそんな毎日を楽しみながら働いています。

休日はどんなことをされているんですか?

ここ最近は行けていないですが、友達とツーリングに行ったりしていましたね。普段の通勤でも使っているのですが、バイクに乗っていると無心になれるのがいいです。

バンコクでバイクに乗るのってちょっとビクビクしそうです。

初めは正直、怖かったですね。道の端っこの方をノロノロと走って後ろからクラクションとか鳴らされていました(笑)。

車を運転してる方からすると、迷惑行為ですね(笑)。ツーリングはどこに行かれたり?

友達と行ったのは、おっきな仏塔の上に何万もの小さな仏像が装飾されているワット・プラ・タンマガーイというお寺です。そこで1日出家みたいなことをしたのがいい思い出です(普通に見学させてもらおうと思ったら白装束を着させられまして……)。このお寺も仏教なんですが新興宗派になるんです。バカでかいお堂やら仏塔やらが壮観でした。

ワット・プラ・タンマガーイでのお友達とのツーショット。大きな本の看板がありますね。もはや信者にしか見えません。

 

なるほど。私はまだバンコクに行ったことがないのですが、行ったらバイクで色々と案内してください。
田澤さん、インタビュー協力ありがとうございました!

***

バンコクでの現地採用のためまだ直接会ったことはなかったのですが、たくさんお話を聞かせてもらいました。ギアエイトのみんなには「札幌のみなさんと一緒に、バンコクと北海道の架け橋となる仕事ができる日を楽しみにしています!」とのメッセージ。札幌とバンコクの共同案件で(このインタビューも!)一緒になることもあるので、私も積極的に関わっていけたらと思います。

新入社員インタビューその6にお付き合いいただきありがとうございました! またその7でお会いしましょう。