2026.09.08

未来へつなぐ、創造のハブ。-つくり手の二人と振り返る、新オフィスの舞台裏-

Akihito Mizuno

こんにちは、水野です。

2026年5月、Gear8は8年8ヶ月を過ごした岩佐ビルを離れ、旧オフィスから徒歩5分のアルバビルに事務所を移転しました。テーマは「未来へつなぐ、創造のハブ。」移転から3カ月経過し、日々の使い方がだいぶ馴染んできたこのタイミングで、空間づくりをお願いしたお二人を迎え、「この場所はどうやってできたのか」を振り返る鼎談(ていだん)を行いました。旧オフィスをウツワニウムさんへバトンタッチした記事と、対になる内容です。

村上智彦さん(右)
恵庭を拠点にする大工であり、役目を終えた新巻鮭の木箱からものづくりを続けるARAMAKIの代表。自社仏閣や古民家リノベーションから鮨屋や海外レストランの店づくりまで手がける職人で、肩書きを尋ねると「水野さんに聞かれたら鮭おじさん、現場なら大工さんです」と笑います。今回は総合プロデュースと家具製作をお願いしました。

藤澤亮太さん(中央)
藤澤亮太建築設計事務所の代表。飲食店やオフィス、住宅を中心に、「さまざまな条件を紐解いて、そこにしかない豊かな建築をつくる」ことを掲げる建築家です。「その場所のポテンシャルを最大限引き出して、使いやすい空間をつくること、使う人がハッピーになること」を軸にする姿勢に共感し、設計をお願いしました。

一枚のロンTから始まったチーム

3人の関わりは、2019年12月にさかのぼります。SCARTSで開催されていた「ARAMAKI WORLD」で見た鮭の木箱によるアートワークに惹かれ、在廊していた村上さんと話し込んだ末にロンTを1枚買って帰りました。そこからGEAR8のノベルティを共同制作するなどして付き合いが深まり、昨年オフィス移転の相談をさせていただきました。村上さんいわく「ロンTを買ってもらったことがきっかけで、まさかオフィス移転を担当することになるとは」。村上さんと藤澤さんは東京の現場でともに仕事をした間柄で、相談の中で「設計は藤澤さんと進めましょう」と話がまとまり、このチームが生まれました。

水野)改めて確認ですが、村上さんが総合プロデュースと家具製作、藤澤さんが設計、という役割分担で合っていますか。

村上)正直、自分では「プロデュースした」という感覚はあまりないんです。最初にご相談いただいたときに「これは藤澤さんに入ってもらうべきだ」と思い、そこからはずっと3人で一緒に進めてきました。僕の役回りは、水野さんの要望を現場の言葉に翻訳したり、ものづくりに必要な細かい調整をしたりというところでした。一番大きな仕事は、多忙な水野さんのスケジュール調整でしたね(笑)

水野)実はそれが一番ありがたかったです(笑)

藤澤)普段の現場では、設計者と施工者はどうしても「設計したものをつくってもらう」関係になりがちですが、今回は「どうやったらギアエイトさんらしい空間を作れるか一緒に考えていく」関係性で進められたことが楽しかったです。水野さんは全てを決めず、最終的にいい意味で期待を裏切るサプライズを楽しみに完成を待ちたいのだろうと感じました。それは設計者の僕ひとりでは受け止めきれないので、作り手として臨機応変に動ける村上さんがいたからこそ成立したプロジェクトだと思います。

「ARAMAKIにしたい」── 依頼主として伝えたこと

移転を決めた背景には、8年過ごした岩佐ビルへの愛着と、それでも手狭になったという現実がありました。次の場所に求めたのは、広さだけではありません。自然光と季節を感じられること。人が集まり、アイデアが生まれること。お客様や関係者が気軽に立ち寄れること。それらをまとめた「創造のハブ」という言葉を、お二人に伝えました。

水野)最初の打ち合わせで、印象に残っている言葉はありますか。

村上)「メンバーには秘密にしてます」ですね(笑)。場所も、広さも、イメージも何も伝えていないと聞いて、そのまま進めるのかと驚きました。移転のプロセス自体を、社内のイベントにしたいという意図だったんですね。

藤澤)僕は「とにかくARAMAKIにしたい」という言葉です。オフィスに鮭の木箱を使いたいと言う人はかなり少数派と思います(笑)

水野)ARAMAKIありきだったわけではないんです。役目を終えた素材に新しい価値を見出すARAMAKIのエシカルな考え方がGear8の考えと重なっていた。ARAMAKIとなら、自分たちのことを空間で表現できると思ったんです。

藤澤)それから、ヒアリングの深さも印象的でした。スタッフのみなさんにヒアリングシートを回して、移転で改善したいこと、デスクのサイズや数、追加したい機能など細かくヒアリングさせていただきました。すべてに応えられなくても、優先順位をつけていく作業が、ギアエイトさんに本当に必要な機能を見極めることにつながりました。

初めてアルバビルの現場を見たときの印象を尋ねると、村上さんは「L型の変わった間取りで、面白い物件だと思った」、藤澤さんは「まずデスクの数が収まるかが心配だった」と対照的な答えが返ってきました。当時はまだ解体前で、社内でこの場所を知っていたのは僕を含めて数名。正直「本当にここがオフィスになるのか」という不安もありました。

村上)今回は、完成した設計図を提案するいうより、どう作っていくかをこちらに委ねてもらう進め方でした。だから途中までは、この進め方が水野さんを苦しめていないかと少し心配していたんです(笑)。でも、水野さんは「あるもの」を面白がれる人だと分かって、それからは安心して進められました。

条件を紐解く ── 天井のメリハリと赤い鉄骨

水野)藤澤さんは「さまざまな条件を紐解いて、そこにしかない豊かな建築をつくる」ことを信条にしています。今回の条件は何で、どう紐解いていったのでしょう。

藤澤)大きかったのは、ビルオーナーさんのご理解で、フリーレント期間(賃料が発生しない期間)を長くいただけたことです。おかげで、まず間仕切りをすべて解体し、まっさらな状態から設計を始められました。間仕切り壁を撤去した時点で空間の広さが見え、奥の窓から外の緑が見えることに気づいたんです。エントランスから一番奥まで視線が抜ける──この「抜け感」を大切にすることが、設計の一番のポイントの一つになりました。

水野)ミーティングスペースは天井をあえて解体して、一般的には隠す赤い鉄骨やコンクリートをそのまま見せています。この判断はどう生まれたんですか。

藤澤)「天井を高くしたい」という水野さんの要望が最初からありました。ただ、屋根の断熱の関係で、解体できる場所と解体すると余計なコストがかかってしまう場所がある。そこで、エントランス側は天井を最大限に上げ、ミーティングスペース側を逆に低く抑える。このメリハリが動線にドラマを生みました。階段を上がり、ぐっと絞られた場所を抜けると、視界がパッと広がる。リノベーションならではの制約を悩み抜いた結果が、この空間の個性になったと思います。

村上)予算だけを考えれば、天井をいじらない選択もあったんです。でも、きれいに仕上げすぎなかったことで、工作室のようなラフな雰囲気が残った。それが鮭箱の家具とも、Gear8のメンバーの空気感とも、うまくリンクしているんですよね。

プロジェクトを支えたのは、お二人の関係性でした。藤澤さんは「村上さんはとにかく連絡がマメで、図面では伝えきれない設計の意図を予想して細かく連絡をくれます。木の扱いや納まりに対する職人の技術を心からリスペクトしています」と話します。村上さんも「役割が入れ替わるような進め方でも、藤澤さんは柔軟に、根気よく付き合ってくれました。僕が気づけない細かいところへの配慮が素晴らしくて、本当に仕事がしやすい建築家です」と応じます。ちなみに藤澤さんの携帯に登録された村上さんの名前は、出会った当時の現場名と役割と名前がすべて入っていてとても長く、「着信のたびに、電光掲示板みたいに文字が流れるんです(笑)」とのことでした。

ARAMAKIの原点と、鮭箱の家具たち

水野)改めて、村上さんが鮭の木箱と出会ったときの話を聞かせてください。

村上)北海道に移住して自宅をセルフリノベーションしていたとき、予算を抑えるために、その土地で余っているものを使おうと探して出会い直したのが鮭箱でした。当時は再利用されることもなく、積まれて朽ちるか、燃やされるだけの存在でした。「こんなに素敵なのに、なぜ誰も使わないんだろう」と惚れ込んだんです。最初は家の壁に鮭箱を貼りつめて、妻に本気で怒られましたけど(笑)。

水野)今では活動もずいぶん広がっていますよね。

村上)最初は「かっこいいでしょ」と見せるために作っていましたが、今は料理人やデザイナーなど、40人ほどの仲間が一緒に活動しています。鮭の減少や木材の高騰から森のことまで、視野もどんどん広がりました。鮭箱そのものが消えつつある今、これほどアーカイブしている人間はいないという勝手な使命感もあるんです。シアトルやロンドンのような港町にも木箱の文化があるそうなので、いつか海外で展示をやってみたいですね。

水野)このオフィスのためにつくってもらった家具で、特に象徴的なのがキッチンです。

村上)キッチンは、フロントであり、受付であり、洗い物もすればコーヒーも淹れるという、要求水準の高い場所でした(笑)。そこで、鮭箱の板をそのまま使うだけでなく、Gear8さんと過去に一緒につくってきたグラフィックの仕事を生かして、キッチンの壁は鱗のように板を貼り、会議室の壁は板壁風に仕上げて、印象を変えています。階段を上がって最初に目に入る場所なので、記憶に残るようにつくりました。

「作って終わり」にしない、循環のデザイン

このオフィスのテーマは「作って終わりにしない、循環型のクリエイティブ」。私はこれを、Web制作の仕事そのものだと思っています。サイトは公開して終わりではなく、運用と改善で育てていくものです。素材や場所の知らなかった価値を発見していくことは、Gear8の理念「知らないは楽しい」とも重なります。

村上)僕にとっては「決めすぎないこと」ですね。机は固定せず、動かせて、解体できるようにしました。入り口の階段が狭くて大きな家具を運び込めなかったので、この現場で直接つくったものも多いんです。「クライアント力」を試すような進め方に、Gear8さんは見事に応えてくれたと思います(笑)。

藤澤)設計は本来、いかにクレームを減らすか、そして一つ一つ確定事項を増やしていくことに向かいがちです。それをあえて外す進め方を、Gear8さんが受け止めてくれました。効率よく、安く、早くつくることが基準の時代に、オーナーや作り手の考えを空間に盛り込めるのは、とても贅沢なことだと思います。欧米には、住まいに自分たちで手を加えながら使い続ける文化があります。使い込まれて風合いが変わっていくことも良しとできるか。決めすぎないことで、空間は長く育てられるものになるはずです。また、使う材料の選定も楽しかったです。一般的には下地材として使われるものを仕上げとして使いました。その部分に求める強度、性能を確認した上で受け入れていただいたこともGear8さんらしい空間になった要因のひとつだと思います。

水野)先日、うちのスタッフがオフィスに来られたお客様に「役目を終えた鮭箱のような素材をデザインとしてどう見せるか。スクラップ&ビルドの速いWeb制作の仕事に対する、ちょっとしたアンチテーゼでもあるんです」と説明していて、うまいことを言うなと思いました(笑)。

村上)誰ですか、それを言ったのは。握手したい(笑)。でも、自分のオフィスについてそこまで語れる場所は、そう多くないと思いますよ。

OPEN DAY ── 場所は使われて完成に近づく

6月に開催したOPEN DAYには、事前の想定をはるかに超える大勢の方が来てくれました。

村上)本当にびっくりしました。完成した空間に人があふれているのを見て、「ああ、ここからスタートだな」と嬉しくなりましたね。

藤澤)僕らがつくったのは、体でいえば骨や筋肉です。そこに人が集まって、使われているのを見て、初めて「血が通ったな」という感覚になりました。いまも、スタッフのみなさんが丸テーブルやキッチンで思い思いにお茶やご飯を楽しんでいる。設計者として、あれほどハッピーな光景はありません。

水野)このオフィスには「これから育てていける余白」を残してもらいました。作り手として、これからどう使ってほしいですか。

村上)ここはGear8のみなさんが僕より上手にARAMAKIを説明してくれるので、途中から「家具のショールームにさせてもらおう」と決めました(笑)。新作ができたら勝手に持ってきて置いていくので、ここにあるものは少しずつ入れ替わっていきます。

藤澤)今はニュートラルな白い壁が、これからどうGear8色に染まっていくのかが楽しみです。来客のためではない、執務スペース側の丸テーブルやベンチのようなプライベートな場所が、時代とともにどう使われていくのかにも興味がありますね。

今回のプロジェクトの意味を尋ねると、村上さんは「これを機に北海道の仕事をもっと増やしたい。そのキャリアの起点になる仕事です」、藤澤さんは「初めて村上さんとご一緒したのは東京の現場でした。北海道出身の二人が、北海道でオフィスデザインの仕事をできたことに大きな意味がある」と答えてくれました。

オフィスは、会社の思想を映す場所へ

最後に、オフィスや空間づくりを考えている企業へのメッセージをお願いしました。

村上)まず、鮭箱はかっこいいので、もっと使ったほうがいいです(笑)。石膏ボードの壁とパソコンがあれば働ける、という均一なオフィスの時代は終わって、会社の色や考え方を空間に映すことが普通になっていく。北海道らしい鮭箱という素材で、寄り添って一緒に考えられるチームがここにいるので、うまく使ってほしいですね。

藤澤)オフィスは、家以上に長い時間を過ごす場所です。だからこそ機能的であることはもちろん、その会社らしさや風通しの良さがにじみ出てくるような空間であるべきだと思います。

鼎談を締めたあとも、話は尽きませんでした。「お金をかけるかけないではなく、会社の思想を形にするために何が必要かを考えること」。そして、岩佐ビルの空気感や風通しの良さが、この場所にちゃんと引き継がれているという言葉は、8年間あの場所を大切にしてきた私たちにとって、何よりうれしいものでした。

この場所はまだ完成していなくて、これからみんなで育てていく途中です。近くにお越しの際は、ぜひふらっと立ち寄って、その成長を見届けてもらえたらうれしいです。

ARAMAKI https://aramaki.world/
藤澤亮太建築設計事務所 https://www.ryotafujisawa.com/

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Akihito Mizuno

1977年1月北海道札幌市生まれ。2000年に大学を卒業しホーマック株式会社に入社、デジタルハリウッド札幌校での勉強を経て、2004年デザイナーに華麗なる転身をしました。白髪になる前から担当動物はシロクマです。 創業する2008年までは、グラフィックデザイナーからウェブデザイナーそしてウェブディレクターとして濃密な4年間を過ごし、Gear8 Graphicsとして個人事業を開始しました。翌年に法人化し、株式会社Gear8として活動を開始。 大切にしていることは一人の時間。様々な業種や職種の皆さんとお話する仕事なので、森の中で自分と話す時間をなくさないようにしています。最近は月の1週間を札幌以外で過ごすことにしています。